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よいソフトウェア、よい名前

自分が作ったものに名前を付けるというのは難しい。よい名前のソフトウェアが必ず普及する訳では無いけれど、世の中に認知されたソフトウェアは皆よい名前である、位は言えるのではないだろうか。

映画ソーシャルネットワークの中でショーンパーカー(役のジャスティン・ティンバーレイク)が「The Facebook」の「The」を取れ、と言ったのはとても印象に残るシーンだった。他にもRuby誕生の由来や、MozillaブラウザがFirefoxになった時など、名前がソフトウェアのヒットに密接に関連するエピソードは枚挙に遑がない。

よい名前が大切だということは分かっている。でも名前を付けるのはとても苦しい作業なので、新しいソフトを思いついた時に

  • 「せっかくのいいソフトウェアなのに名前付けに失敗したらどうしよう」
  • 「よいソフトウェアであれば名前がイマイチでもきっとみんなが分かってくれる!」(苦しみから逃れるための言い訳)
  • 「自分の作った○○の方が△△よりも優れているのに名前で上手くやりやがって・・」(ただの嫉妬)

とか考えてしまう、ああ。

ソフトウェア本体の改善と名前付けにそれぞれどれだけ時間をさくべきなのだろうか?それぞれよい場合と悪い場合で考えてみる。

  • 悪いソフトウェア、悪い名前 .. テキストの羅列
  • よいソフトウェア、悪い名前 .. 誰にも使われること無く、その一生を終える
  • 悪いソフトウェア、よい名前 .. 使ってみたらなんか全然駄目、炎上!
  • よいソフトウェア、よい名前 .. 大ヒット、世界中で使われる!

・・つまりは内容と名前の両方が伴った時にはじめて広く使われるものになるというごくごく当たり前の結論になった。

名前はウェイトの大きなソフトウェアの一機能だと考えるのがいいのかもしれない。

上の例は極端だし、よい紹介記事が書けるかとか、どうやってクチコミを増やすかとか、実際は色々な要素が絡み合うけど「ソフトウェアの内容がよければ名前は大切でない」とか「名前でソフトウェアのイマイチな所を補おう」みたいな考え方だと上手くいかないのだ、という結論で自分の中の思考遊びを終わりにしようと思う。

※1 ブログ記事の中身と、タイトルの関係にも同じような問題がつきまとう

※2 納得いくものが出来るまで何度も直すのがいいと思う。けど、出来れば広く公開するまでの間に正式名が決まるとよい。

※3 mrubyソースコード検索の名前をmrubyserachからmruby-code-searchに変更した時にふと思いついて書いた

ネーミング辞典 第3版

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